2026/03/20 19:00



【LIVING LIFE】(生前の暮らし)

第二回は、昨年12月のIN LOVING MEMORYにも参加してくださった吉池さんと、彼女の永遠の相棒である小竜(こたつ)ちゃん。

【名前】小竜(こたつ) ♀
【犬種】フレンチブルドッグ
【毛色】パイド
【生年月日】2011年11月23日
【没年月日】2025年9月15日
【飼い主】吉池さん

長野県にお住まいの吉池さん。
対面でお話をするのは、昨年のIN LOVING MEMORYでお会いして以来だ。

今から約14年前。先代のパグ(名前:せんせい)を亡くし、深い悲しみに暮れていた吉池さんに、友人のブリーダーさんが「犬と触れ合ったほうがいいよ」と声をかけてくれた。その方が最初に連れてきたのが、生後わずか50日、掌に乗るくらい小さな小さな小竜ちゃんだった。お互い、まさか1度目のお見合いで決まるとは思っておらず、順番に何匹か紹介してもらうはずだった。しかし、吉池さんはその小さな身体から放たれる魅力に引き込まれ、すぐにお迎えを決意する。


新たに家族として迎え入れたその小さなフレンチブルドッグの女の子に、小竜(こたつ)と名付けた。由来はお迎えした2012年が辰年だったからだ。


そんな小竜ちゃんは、穏やかで人懐っこい女の子へと成長していく。見ず知らずの人や犬に対しても吠えることはない温厚な性格。吉池さんのことが大好きで、家の中では常に後をついてくる。時に実の娘さんが羨むほど相思相愛のふたり。膝の上に小竜ちゃんを乗せて、一緒にテレビ番組を観るのが至福の時間だった。

小竜ちゃんの肌環境を気遣い、忙しい仕事の合間を縫って、食事を手作りする時間も厭わなかった。その甲斐もあって大きな病気をすることなく、家族の愛情を受けながら健やかに年月を重ねていった。

「常に小竜が優先順位の最上位」

自分が持てる限りの愛情を注いできた、LIVING LIFE。


そんな吉池さんが後悔のひとつとして挙げるのが、「お留守番の時間が長かった」ということ。メインの仕事とは別にかけもちの仕事を抱えていた彼女は、必然的に家を空ける時間が長くなった。もちろん小竜ちゃんはその環境に文句を言うわけもなく、穏やかにお昼寝をしながら吉池さんの帰りを待った。

『犬は人間と違い、その暮らしに不満をもたず適応する』という。

そう解っていても、「もっと一緒に過ごす時間を確保することができたのではないか」
そんな自問が小さな棘となってチクチクと胸を刺す。

そんな小竜ちゃんに変化が訪れたのは、
2024年11月。

息をするのが苦しそうな症状で、病院に連れて行くと胸水が溜まっているとのこと。先生から「状態があまりよくないから覚悟した方がいい」と言われた言葉は、それまで健康だった小竜ちゃんと暮らしてきた吉池さんにとって晴天の霹靂だった。それからは3日おきに水を抜くための通院が習慣になった。

なるべく穏やかに過ごして欲しいという想いで、自宅に酸素室も用意し、仕事のスケジュールも調整して一緒に過ごす時間も増やした。

病気と闘っているとは言え、
「楽しかった」と思える充実した日々。

そこから1年弱の闘病期を経た、
2025年9月15日――。

小竜ちゃんの肉体は大好きな吉池さんの元を離れ、“AFTER LIFE”が始まった。


【AFTER LIFE】(その後の暮らし)

「小竜ちゃんを一言で表すと?」という問に対し、躊躇なく「私のすべて」と答える吉池さん。

そんな小竜ちゃんの肉体との別れを経験した吉池さんの当時の心境は、想像に難くない。

やはり、最初に襲ってきたのはとてつもない喪失感だった。

自分自身の半分が無くなっちゃったような、そんな感覚。

何をしていても楽しくない。他の何も小竜ちゃん不在の穴を埋めることはできなかった。

逆を言うと、今まで毎日が楽しいと感じられていたのは、小竜ちゃんがこの世にいたから。毎日仕事を頑張れていたのは、小竜ちゃんが家で待っていてくれたから。その幸せが今や不可逆的なものであるという事実に打ちのめされた。

そして、外へ出かけるのも億劫になった。

不思議なものだ。本来は介護が終わり、家で待つ小竜ちゃんの心配をする必要がなくなったAFTER LIFEのほうが、気兼ねせずに外出できる環境であることは間違いない。それでも、外に出かけることにまったく楽しみを感じられなくなったという。

自宅は至る所に小竜ちゃんの思い出が染みついている。できるだけ、彼女の面影が感じられるよう、家で過ごす時間が増えた。

当初は、犬を飼っていない友人と話をすると、自分の心境を正しく理解してもらえていないのではないかと不安に感じることもあったという。

「13歳...まだ若かったんだね」

何気ない言葉に、摺り減らした神経が刺激されることもあった。でも、それは自分自身が「時間」という評価軸に囚われていることの裏返しでもあると、いつしか気づくようになった。

「小竜ちゃんに『きみの飼い主はどんな人?』と聞いたら、 彼女はどう答えると思いますか?」

「常に忙しそうにしてる人って答えるかも...」

吉池さんはそう答えた。

ここにも「時間」に対する吉池さんの後悔の片鱗が垣間見えた気がした。

もちろん、私たちはできるだけ長い時間をペットと共に過ごしたいと願っている。自宅で仕事をすることができたり、もっと欲を言えば、働かなくても生活していけるだけの恵まれた環境があれば最高だ。でも抱えている仕事や、経済状況は人それぞれ。ペットを愛するのと同じように、私たちは生きている以上、現実にも立ち向かわなければならない。

そして人間と違って彼らはいちいち説明しなくても「仕事と私、どっちが大事?」なんて野暮なことを聞いてきたりはしない。

きっと小竜ちゃんは「なぜ吉池さんが日々忙しそうにしているのか」そんなこともよくわかったうえで、毎日玄関でお見送りをしていたのではないかと思う。

彼女は理解していたはずだ。
その「忙しさ」というドアの向こうに、
ちゃんと「愛」があるということを。


以前からくるみのInstagramをフォローしてくださっていた吉池さんにとって、くるみのBlog:「ねぇくるみ~僕らは今日もきみを想う」は、ご自身がAFTER LIFEを歩むうえで、ひとつの道標となった。自分の気持ちを代弁してくれるような気がして何度も救われたという。筆者にとってもBlogへの感想を頻繁に寄せてくださる吉池さんの存在は励みになっている。

昨年、12月に埼玉県・久喜市のTORUS CAFEで開催されたIN LOVING MEMORY。

吉池さんは、遠く長野から参加してくださった。AFTER LIFEが始まってからはじめてと言っていいほどひさしぶりの遠出。小竜ちゃんが旅立った後は、犬と触れ合う機会のなかった吉池さんにとって、新鮮な一日となった。参加者同士でうちの子の話をしたり、自分と同じように旅立ったペットを想う人々がこんなにもたくさんいるという事実は、吉池さんのこころをやさしく癒してくれた。


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ここで、この連載の主題となる恒例の質問。

What's your memento?
AFTER LIFEに、「愛の灯を燈し続けてくれるもの」は何ですか?

「いつもキャンドルを燈すこと」

吉池さんが日々の習慣にしているのが、小竜ちゃんのメモリアルコーナーにキャンドルを灯すこと。朝起きたら「おはよう」と声をかけ、何よりも先に灯を点ける。自宅にいるときはいつもそこに光が燈っていて、それが途切れることはない。

そこにあたたかな灯が燈っていると、まるで小竜ちゃんがそこにいるように感じられる。そんな習慣が、今日も小竜ちゃんとのつながりを感じられる大切な拠り所となっている。


小竜ちゃんとのつながりには、mementoの着せ替える骨壺カバー・Your Favorite Dressも一役買っている。吉池さんが選んだのは、Ivy Collectionのオックスフォードイエロー。日々の気分で替えられるようにボウタイも柄違いで購入した。

黄色いYour Favorite Dressを着せた骨壺を手元で撫でながら、静かに話しかける。その姿は、生前テレビを見ながら小竜ちゃんと対話する、あの頃のスタイルと何ら変わりはないように思える。


「今、AFTER LIFEを意識し始めて、不安を感じている読者の方へどんな言葉をかけますか?」

少し悩んだ末に、こんな言葉を返してくれた。

それは、吉池さん自身が救われた言葉。

『大丈夫よ、小竜ちゃんはいつもあなたのそばにいるから』

「自分のすべて」と言っても過言ではない存在との別れは、人生において過酷な経験であることは間違いない。それでも、『あの子たちは生前と同様、いつもそばにいてくれる』というメッセージ。

「気休めだ」と軽んじるのか、
「その通りだ」と受け止めるか。

その捉え方や感じ方は人それぞれ異なるだろう。

吉池さんは後者を選んだ。

それによって、その言葉は「言霊」として彼女の胸に宿り、真っ暗なAFTER LIFEに小さな灯を燈した。

吉池さんが、「そう在りたい」と想い続ける限り、小竜ちゃんは今日も彼女のそばに寄り添い続けてくれる。

ペットの他界が、肉体的な接点の終焉であることは変えようのない事実だ。

でも、それが「愛の終わり」になるかどうか。

それは、今日を生きる私たちの思考や判断にゆだねられている。


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【Epilogue】(編集後記)


私たちが何かを評価する際の指標として、「量」と「質」というふたつの要素があります。

とくにペットとの暮らしにおいては、私たちは「量=時間の長さ」にばかり注目してしまいがちです。

「何歳まで生きたか」
「何年一緒に過ごしたか」

できるだけ長生きしてほしいという気持ちはどこの家庭でも共通の願い。たしかに、その時間の長さという項目は大切な物差しの一つです。

でも、それと同時に「どんな時間を過ごしたか」という「質」の部分にも同じように注意を払うべきではないでしょうか。

では、なぜ質より量に目が行ってしまうのか。それは「質」は「量」のように「何歳・何年」という明確な数値では表現することができないものだからです。

だからこそ、私たちはLIVING LIFEにおいて、自分のなかに満足できる基準を設けることが大切になってくるのかもしれません。その満足度は、決して他の誰かと比較して得られるものではないからです。

インタビュー後、吉池さんはこんなメッセージを寄せてくれました。

「アフターライフって、いなくなったから何かしようって事ではなくて、今までと変わらないって事かもしれませんね」

そう、肉体的な接点の終わりを超えて、愛が続いていくかどうか。

それは、私たちの想いの持続力や想像力に委ねられているのです。